温暖化と生き物たち…1

暖冬と池田の蝶…ナガサキアゲハ

ナガサキアゲハ Papilio memnon(アゲハチョウ科)
1989年10月14日、池田市古江町で行われていた地域の運動会に参加していたときのことです。小さな運動場を囲むネットにそってモンキアゲハとは少し感じが違う黒いアゲハチョウのおすが1匹、長い間飛びまわっていました。距離が離れていために確かめることはできませんでしたが、後ろのはねの白っぽい模様がモンキアゲハのめすのようには感じられません。ナガサキアゲハのようだが…。
4年後の1993年9月25日、池田市立池田小学校(大和町)の子ども達が、「ナガサキアゲハが学校で飛んでいた。」と、教えてくれました。とはいうものの、子ども達には、「最近はナガサキアゲハのような蝶も見られるようになった。クロアゲハのような…。」と、簡単な説明をしただけでしたので、クロアゲハでも見たのでは…。半信半疑でした。子ども達の話を聞いてから、もしナガサキアゲハがいるのなら、ミカンの木に幼虫がいるはずだ…。これまで見たことがない幼虫探しが始まりました。
ちょうど探し始めたのが10月と11月で、ナガサキアゲハの幼虫が多い時期にあたっていたらしく、10月9日には桃園1丁目で1匹、11月9日には池田小学校の学習園のミカンで6匹の終齢幼虫を見つけることができました。
幼虫は、室内で飼育し、越冬は桃園1丁目の屋内と屋外の両方で行いましたが、 両方とも翌1994年の春に羽化しました。
1994年5月6日、池田市役所公園課(現在は、みどりの課)のsim.氏の話では、附属池田中学校(緑丘1丁目)でナガサキアゲハを目撃されたという。この冬をナガサキアゲハは池田で越したようです。
4日後の10日、池田小学校で尾状突起(びじょうとっき…後ろのはねにある、しっぽのようなもの)のないものを見ましたが、ナガサキアゲハかどうかは確かめられませんでした。なかなか自分の目で確かめることができないなあと感じていた13日、またsim.氏から緑のセンター(五月山緑地都市緑化植物園・五月丘5丁目)で目撃したという連絡がありました。どうしてsim.氏ばかり…。
7月1日のクラブの時間は、珍しく五月山の緑のセンターまで出かけることにしました。
ふだん町の中で見られない蝶を観察していると、ナガサキアゲハのおすが1匹、みんなの前に姿を現しました。私にとっては、初めての池田での成虫との出会いでした。
ナガサアゲハをとってみたいとは思いながら、手に入れることができない私のもとに、最初に届けてくれたのは、受け持っていた6年生のike.さんとyam.さんでした。「家庭科室に入ってきた。」まぎれもないナガサキアゲハのおすでした。
池田小学校の中では、時折めすも目撃できました。ミカンの葉に産卵していることもありました。ただ、めすの白い紋の違いを確かめてみたいとは思いながら、いまだにあみを持っているときには姿を現してはくれません。
1994年の秋に採集した幼虫は、1匹だけ自宅(桃園1丁目)の屋外のケースで越冬させたが、翌年に羽化することができませんでした。1995年1月17日の地震で、暖冬とはいえこれまでより少し寒くなったので死にやすかったと勝手に解釈しています。
ところで、1995年はナガサキアゲハの幼虫を1匹も採集することができませんでした。とれるのはクロアゲハばかりです。めすの成虫も見ていません。ただ、おすだけは9月に緑のセンターで数回目撃し、2頭採集することができました。
今の池田市の気候は、ナガサキアゲハが越冬できるかどうかのせとぎわのように感じられます。この冬は、池田のナガサキアゲハにとって厳しいものになりそうです。

古江町     1989.10.14 1♀目撃(?)
大和町     1993.9.25   1匹目撃(児童 ?)
桃園1丁目   1993.10.9 1終齢幼虫
大和町     1993.11.9 6終齢幼虫
緑丘1丁目   1994.5.6   1匹目撃(sim.氏)
五月丘5丁目  1994.5.13 1匹目撃(sim.氏)
        1994.7.1   1♂目撃
大和町     1994.7.4   1♂採集(ika.yam.さん)
        1994.7.8   1♀目撃
        1994.9.9   1♀目撃(産卵中)
        1994.10.9 1終齢幼虫
五月丘5丁目  1995.9.9   1♂目撃
        1995.9.10 1♂目撃
        1995.9.15 1♂採集(他数匹おす目撃)
        1995.9.23 1♂採集


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