地域環境の指標生物…ヒメボタル

1994年5月20日、5年生のwad.さんがホタルを見たと伝えてくれました。聞いた途端思わず飛び上がりそうになりました。池田小学校では、学習園でゲンジボタルやヘイケボタルが舞っているのでホタルなんかめずらしくない…そう思われるかも知れません。でも、wad.さんが見たのは、5月19日なのです。
1993年6月11日の『五月山自然のたより』に次のような記録がのっていました。
『杉ヶ谷川(すがだにがわ)でホタルを見たという情報を聞いたので、夜ちょっと探しにきてみたら、娯三堂古墳(ごさんどうこふん)の近くで1ぴき見つけました。体の小さいヘイケボタルでした。』
このたよりを読んでいるといくつかの不思議なことに気づきます。
まず、一つ目が、娯三堂古墳の頂上付近でこのホタルが観察されていることです。娯三堂古墳の下に杉ヶ谷川が流れています。杉ヶ谷川でヘイケボタルが見られても不思議なことではありません。ひょっとするとゲンジボタルもみられるかも知れません。しかし、杉ヶ谷川から娯三堂古墳の頂上まで距離は近いのですが高さのちがいが大きすぎます。
二つ目の疑問は、話を聞いたあと観察に行かれた日が6月11日だということです。池田市内でゲンジボタルやヘイケボタルの見られる時期は決まっています。少し早いようです。
(池田市内のゲンジボタル・ヘイケボタルの発生時期)
1992.5.27 池田市池田小学校 ゲンジボタル 今年始めて目撃された。 
1989.5.30 池田市細河    ゲンジボタル 子どもの話では、70ぴき程つかまえたという。
1994.5.31 池田市池田小学校 ヘイケボタル 簡単に見たところ約7ひき確認できた。
1992.6.1   池田市池田小学校 ゲンジボタル 1ぴきだけ目撃。
1992.6.3   池田市池田小学校 ゲンジボタル 約10ぴき目撃。
1994.6.8   池田市池田小学校 ゲンジボタル 子どもの話では数ひきいたらしい。
1994.6.8   池田市池田小学校 ヘイケボタル 子どもの話では5ひきくらい光っていたらしい。
1988.6.11 池田市細河小学校 ゲンジボタル 子どもの話では夜学校に飛んでいたらしい。
1992.6.12 池田市池田小学校 ゲンジボタル 約50ぴきは確認できる。
1992.6.12 池田市池田小学校 ヘイケボタル 数はわからない。雌もいる。 
1993.6.18 池田市池田小学校 ゲンジボタル 約10ぴき目撃。
1987.6.21 池田市細河小学校 ゲンジボタル 1ぴき雌を採集した。
1986.7.7   池田市細河小学校 ゲンジボタル 1ぴき雌を採集。おなかは、ぺっちゃんこ。
では、川などのないところで早い時期に姿を見せるホタルとは…?
ヒメボタルなのです。ヒメボタルの幼虫は、陸にすむの貝のなかまを食べます。ゲンジボタルやヘイケボタルのように川の中にすむカワニナやモノアラガイを食べるのではないので、川や池のないところにもすんでいます。そして、発生の時期がゲンジボタルやヘイケボタルよりも早いのです。
1993年5月23日、豊中の春日町の図書館でヒメボタルの観察会がありました。春日町一帯には、ずっと以前からヒメボタルがすんでいることがわかっており、近所の人達が見まもっていたのですが、最近、町の中の小さな空間も次々とこわされていくのを知って、だまって見まもっているだけではヒメボタルや周辺の環境が守れない、と考えられそこにすむヒメボタルのようすを広く人々に知らせました。
現在では春日町周辺のヒメボタルがすんでいる場所は周辺の住民だけでなく、豊中市も積極的に保護に取り組んでいます。
この会に参加していた池田や川西の人達は、豊中だけでなく他の地域でも見つけられるにちがいない。そう感じながら観察会が終わりました。
数日後、川西市でヒメボタルの生息が確認されました。古い大阪自然史博物館の資料には、伊丹市で1か所、池田市で3か所ヒメボタルの記録が残っていました。伊丹市の発生場所は、川西市にとなりあう猪名川の河川敷(かせんじき)です。川西市の人達は、きっとその北の河川敷にもすんでいるに違いないと考え発生の時期に何度もいそうな場所を訪れました。川西市の猪名川河川敷には、河岸段丘(かがんだんきゅう)の急な斜面があります。
1993年5月29日、斜面に取り残された、駐車場につくりかえても4-5台の車が入るのがやっとの狭い空き地に、50ぴき以上のヒメボタルがフラッシュをたいた時のような閃光(せんこう)で自分達の存在を精一杯表していました。
池田では、古くからの記録が残っています。最近、ヒメボタルがいたという話は聞かれないけれどもきっといるに違いない。まず、娯三堂古墳の頂上を調べたい。そう思いながら1994年を迎えました。ところが、娯三堂古墳を調べに行く前にwad.さんからの連絡があったのです。『5月19日…。』
その夜、8時10分、地図をたよりにwad.さんの家の近くへ行きました。城跡周辺の狭い路地を何度か間違えながらつきました。城跡の斜面に近づいた時、目の前でいくつかの閃光が光りました。やっと会えた。ヒメボタルが池田にいるということは自然史博物館の資料で以前からわかってはいても、池田でのヒメボタルとの出会いはこれが最初でした。ヒメボタルが特に光っているのは、ある家の庭でした。石垣のようなものがあるところです。城跡は周囲が厳重に囲ってあるため中の様子を調べることはできません。ふと、この家の表札を見るとfuj.とかいてありました。6年生のfuj.さんは城山のほうだったかなと思いながら少し戻ると、そろばんを終えた子ども達に出会いました。その中にfuj.さんがいました。やはりそうでした。fuj.さんの話では「前にも『見つけたよカード』にかいたことがある。」とのことでした。
余談になりますが、沖縄県でヤンバルクイナが見つかった時、地元の人達はそのような鳥がいることはずっと前から知っていたのです。ただ、それがこれまで未発表の珍しい鳥だとは知らなかったのです。fuj.さんもヒメボタルと気づかずに『見つけたよカード』にかいていたそうです。
ながながとなりましたが、環境が変わって新しく姿を現す生き物とともに、その地域のわずかに残された自然環境の中で細々と生き続けている生き物がいます。ヒメボタルはその典型(てんけい)です。ヒメボタルがいるということは、他にも必ずそのような指標生物(しひょうせいぶつ)のようなものが生き残っているはずです。タンポポ調査のカンサイタンポポやシロバナタンポポのように…。そして、夜中に城跡から出かけては話題になるタヌキのように…。
(池田市内のヒメボタルの発生時期)
1992.5.27 池田市池田小学校 ゲンジボタル 今年始めて目撃された。
1994.5.19 池田市城跡付近  wad.さんが目撃。初見
1994.5.20 池田市城跡付近  5ひき以上確認できた。
1994.5.20 池田市児童文化センター周辺 約10ぴき確認。
1994.5.20 池田市大広寺   kam.君の話ではお墓で光っているらしい。
1994.5.21 池田市城山町   2ひき確認。
1994.5.21 池田市建石町   1ぴき確認。
1994.5.21 池田市大広寺周辺 2ひき確認。
1994.5.21 池田市伊居太神社 3びき以上確認。
1994.5.23 池田市城跡付近  wad.さんが多数確認。
1994.5.25 池田市城跡付近  wad.さんが10ぴき以上確認。
1994.5.25 池田市綾羽町   10ぴき以上確認。
その翌年、城跡の上の草原に何百匹ものヒメボタルが光っているのが確認されました。
しかし、今その草原はありません。城跡にできる公園の工事のために土がむきだしになっています。(1997年1月)


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